聖地の狭間に灯る白熱球の意味
小規模水力発電所建設の発想とその必然性
 
首都ティンプー(Thimphu)からランドクルーザーで約1時間半、ドチュラ峠に着いた。 標高はすでに3,000mを超えている。展望台からは、 ここブータンの北部山岳地帯にそびえる東部ヒマラヤ山脈が一望できる。 屹立するガンガー・プンスム、ジェジェカンプー・ガン、テリ・ガン、マサン・ガン・・・ いずれも7,000mを超える峻険な山々だが、それらは、まるで大氷河を巨大なハンマーか何かで打ち割り そのまま放置したかのような白銀のパノラマ図である。 ブータンはインドとチベットの間、ネパールの東部に位置し、 面積は約47,000平方キロメートルで日本の九州程度、人口約60万人の小さな王国である。 この峠から東へ丸一日かけて、ブータン中央部に位置するトンサ(Tongsa)へ。 さらに半日かけて南へ下ると、目的地のシェムガン(Shemgang)に着く。 シェムガンには日本政府からの一般無償援助によって昨年(1992年)春、 建設されたばかりの小規模水力発電所がある。
 

 


ドチュラ峠から臨む東部ヒマラヤ
山脈の威光
 

どのように歩けば辿り着けるのか─急斜面に不規則にしかし美しく立ち並ぶ家々

 
 クロスフロー型水車を用いた「局所発電システム」
 
 前方の山腹を見ると、この1.5車線道路は絶壁にしがみつくかのように走っている。仮に航空写真を撮ったとしたなら、この道路は、山ひだの一つひとつを愚直なまでに丹念にトレースした曲線を描いているに違いない。そして上ったり、下ったりの繰り返し。平均時速は30kmぐらいか。いったい全体、首都からシェムガンまで直線距離にしてどれだけあるのだろうか?─「直線距離に意味はないですよ。あるのは時間距離だけです」
 こう言って笑うのは、同行の北元浩司。クボタのポンプ技術部・技術第二課のエンジニア。このシェムガンを含めたブータンの電化プロジェクト(その全体像については後述する)に参加して、ここでの滞在期間は延べで1年を超える。
 崖下への転落の恐怖から解放され、車窓からの景色を楽しむ余裕も生まれ、さらに時間距離の長さに退屈してきた頃、ようやくシェムガンはティンティビ(Tingtinbi)村の水力発電所に到着した。
 水力発電所といえば、普通、誰もがダムを思い浮かべるだろう。しかし、ここにはいわゆるダムはない。渓流の本流があり、その傍らの発電所建屋にその支流(沢)が延びているといった様子だ。
「いわゆるダムは作らず、川の水の一部を取り込んで発電する“流れ込み式発電所”です。最も環境に優しい発電所です。最大使用水量0.7立方メートル/秒、有効落差51m。2基のクロスフロー型水車発電機が据え付けられ、1基あたりの最大出力は100kW、合計200kWの発電所です」
 上流に20分ほど登った地点に取水口がある。川幅の4分の1か5分の1くらいの部分堰を作り、そこから分流。本流を回り込むような形で、ゆるやかな水路が発電所建屋の真横上まで来る。ここから水は一気にクロスフロー型水車に向かって落下し、再び本流へと合流する。最大使用水量は年間最低水量としているので、ダムがないにもかかわらず水量不足で悩むことはない。
「クボタのクロスフロー型水車発電機は中落差、小水量に最も適した発電装置です。ブータンのような山岳国における局所送発電システム―中小河川や渓流、灌漑用水などを利用しての発電と集落単位での送電―にはピッタリの発電装置です。構造が単純なだけ、故障も少ない。しかもクボタ式ダミーロード方式を採用していますから、一度スタートさせたら人為的に停止させない限り、一切の操作は必要ないのです」
 この後、北元の技術者らしい微に入り細に入りの説明が始まるのだが、ここでは省く。要は、発電機の出力と負荷(消費電力)の差を擬似負荷(ダミーロード)に流してやる。余剰電力をダミーロード(電気ヒーター)で熱エネルギーとして逃すことにより、消費電力の変動による周波数変化を防ぐわけである。こうした中間技術を極めることで、徹底した運転保守の簡素化を図っているのである。
 
 
 

現地スタッフへの指導にあたる
北元浩司

ブータン電力局局長
ドルジ氏